悲哀の昔話「雪女」

公開日: : 最終更新日:2022/10/22 昔話

全国に広がる雪女伝説

雪女の起源はとても古いのです。室町時代末期の連歌師・宗祇法師による『宗祇諸国物語』に、宗祇法師が越後国(現・新潟県)に滞在していた際、雪女を見たと記述があります。ですので、室町時代には既に伝承があったわけですね。その後雪女にまつわるお話は、形を変えながら日本全国各地で語り継がれます。

新潟県小千谷地方では、独身の男のところに美しい女が訪ね、女が自ら望んで男の嫁になります。男が嫁の嫌がるのを無理に風呂に入れたため姿がなくなり、男が切り落とした細い氷柱の欠け片だけが風呂に浮いていたという「つらら女」というお話があります。

山形県上山地方では、ある娘が雪の夜に老夫婦のもとを訪ねて、囲炉裏の火にあたらせてもらいます。女が夜更けにまた旅に出ようとしたので、おじいさんが娘の手を取って引き止めようとすると、ぞっとするほど冷たい!すると見る間に娘は雪煙となって、出て行ってしまったというお話。

長野県伊那地方では、雪女を「ユキンバ」と呼んで、雪の降る夜に山姥の姿であらわれると伝えられています。岩手県遠野地方では、小正月の1月15日か、満月の夜に、雪女が多くの童子をつれて野に出て遊ぶので、子どもの外出を戒めるという言い伝えがあります。

さらに、岩手県や宮城県では、雪女は人間の精気を奪うとされていて、新潟県では子どもの生き肝を抜き取る、人間を凍死させるといわれています。秋田県西馬音内では、雪女の顔を見たり言葉を交わしたりすると食い殺される。逆に茨城県や福島県盤城地方では、雪女の呼びかけに対して返事をしないと谷底へ突き落されるとか。茨城県にずっと住んでいますが、聞いたことがないんですがね、、、。同じ都道府県でも地域によって違うのでしょうね。

全国津々浦々、様々な雪女エピソードがありますが、雪女に関する本が出版されたのは明治37年です。小泉八雲の『怪談』の中で「雪女」が書かれています。ここで出てくる雪女の舞台は東京なんですね。なんと雪深い東北地方かと思っていましたが、実は東京が発祥だったというんです。

東京・大久保にあった小泉八雲の家に奉公していた、東京府西多摩郡調布村(現在の青梅市南部の多摩川沿い)出身の親子(お花と宗八という説)から、八雲が聞いた話が元になっていると言われています。「雪女」の話の舞台が、青梅にあった調布村であるとされたことから、2002年(平成14)に調布橋のたもとに雪女の碑も建てられました。

皆さんご存知のお話かと思いますが、小泉八雲の「雪女」の内容を見ていきましょう。

小泉八雲の「雪女」

武蔵の国のある村に、茂作(もさく)と巳之吉(みのきち)という2人の樵(きこり)が住んでいた。
茂作はすでに老いていたが、巳之吉の方はまだ若く、見習いだった。
ある冬の日のこと、吹雪の中帰れなくなった二人は、近くの小屋で寒さをしのいで寝ることにする。

その夜、顔に吹き付ける雪に巳之吉が目を覚ますと、恐ろしい目をした白ずくめの美しい女がいた。巳之吉の隣りに寝ていた茂作に女が白い息を吹きかけると、茂作は凍って死んでしまう。
女は巳之吉にも息を吹きかけようと巳之吉に覆いかぶさるが、しばらく巳之吉を見つめた後、笑みを浮かべてこう囁く。

「おまえもあの老人(=茂作)のように殺してやろうと思ったが、おまえは若くきれいだから、助けてやることにした。だが、おまえは今夜のことを誰にも言ってはいけない。誰かに言ったら命はないと思え」

それから数年して、巳之吉は「お雪」という、ほっそりとした美しい女性と出会う。二人は恋に落ちて結婚し、10人の子供をもうける。お雪はとてもよくできた妻であったが、不思議なことに、何年経ってもお雪は全く老いることがなかった。

ある夜、子供達を寝かしつけたお雪に、巳之吉がいう。「こうしておまえを見ていると、十八歳の頃にあった不思議な出来事を思い出す。あの日、おまえにそっくりな美しい女に出会ったんだ。恐ろしい出来事だったが、あれは夢だったのか、それとも雪女だったのか……」巳之吉がそういうと、お雪は突然立ち上り、言った。

「そのときおまえが見たのは私だ。私はあのときおまえに、もしこの出来事があったことを人にしゃべったら殺す、と言った。だが、ここで寝ている子供達を見ていると、どうしておまえのことを殺せようか。どうか子供達の面倒をよく見ておくれ……」

そういうと、お雪の体はみるみる溶けて白い霧になり、煙だしから消えていった。
それ以来、お雪の姿を見たものは無かった。

というお話です。
雪女は、人に息を吹きかけて凍死させる妖怪だと思っていた人もいるのではないでしょうか?実は僕がそう思っていました(笑)。でも、ただ人を凍死させるだけの怪物ではないんですね。そこには、ちょっと深い意味があります。

雪女の正体は?

雪女の正体は雪の精、雪の中で行き倒れになった女の霊といった、様々な伝承があります。山形県小国地方の説話では、雪女は元は月の世界の姫であり、退屈な生活から抜け出すために雪と共に地上に降りてきたが、月へ帰れなくなったため、雪の降る月夜に現れるといわれています。何やらファンタスティックな感じですよね。

また、こんな話も。雪女伝説誕生の背景は、奈良時代から鎌倉時代頃までに起こった、仏教や儒教的な倫理観の普及で、女性は
男性に従属するべき存在であり、穢れた存在として扱われるようになった。その影響で、古代から神聖視されていた女神や巫女たちも、異形の存在として扱われるようになっていったと。女神には「豊穣、誕生、純潔」などの正の側面がある一方で、負の部分も存在し、雪女伝説ではその負の部分が強調されているとのこと。

民俗学者の藤沢衛彦氏の著書「日本伝説研究」では、雪女は山姥によって、一生の純潔の呪いをかけられた少女とされています。この世に紅い雪が降るときだけ、この少女の呪いが解けて、代わりに不正で淫らな鬼女に変わります。この時、あらゆる動物に欲情し、妊娠と出産を繰り返しますが、紅い雪が止むと、産んだ子を残して融けてしまうのです。雪女は、人がつくった倫理観の中で、穢れた女性性を表すためのイメージだったのでしょうかね。

雪女のお話が伝えようとしていること

最後に、雪女のお話は何を伝えようとしているのかを考えてみたいと思います。

日本の昔話は、お話から様々な教訓を伝えているものが多いですね。人に優しくすれば自分に返ってくるとか、悪いことをすると報いがあるとか。では、雪女にはどんな教訓があるのでしょう?

日本の昔話の型に、「見てはいけないものを見て罰を受ける」というものがあります。「見るなの座敷」や「鶴の恩返し」などが有名ですね。見るなと言われていたのに、部屋の中などをつい覗いてしまったばっかりに、罰を受けたり、大切なものを失うといった話です。雪女もこの型に当てはまります。

雪女に、「自分の存在を人に話してはいけない」と言われていた巳之吉は、ずっとそのことを黙って生きてきたのに、愛する妻を眺めていて、つい口にしてしまいました。それによって、お雪との幸せな暮らしを続けることが出来なくなり、子どもを一人で育てていくことになります。殺されなかったから良かったものの、巳之吉にとっては大きな罰だったのではないでしょうか。

人間は欲を持ったいきものです。誰でも、禁を破るという欲にかられることがあります。その欲に呑み込まれると、大切なものを失うということを、雪女が教えてくれています。

 

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