夏越の祓とは? 半年の穢れを祓い、来る半年の健康を願う日本の伝統

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皆さんは夏越の祓(なごしのはらえ)をご存知でしょうか? もしかすると、年末に行われる年越の祓の方が馴染み深いかもしれませんね。これらは総称して大祓(おおはらえ)と呼ばれ、古来より日本人が大切にしてきた「清らかな心身で日々の生活を送る」という考え方に基づいています。自らの心身にまとわりつく穢れや、災厄の原因となる様々な罪・過ちを祓い清めることを目的としています。

夏越の祓は、旧暦の6月末、つまり現在の6月30日ごろに行われる伝統行事です。一年の折り返し地点にあたるこの時期に、上半期の間に知らず知らずのうちに積み重なった心身の穢れを落とし、来る後半の半年間を健康で、災いなく過ごせるよう祈願します。その起源は、日本神話に登場する伊邪那岐命(いざなぎのみこと)の禊祓(みそぎはらひ)にまで遡るとされ、非常に古い歴史を持っています。新暦に移行した現代においても、この伝統は各地の神社で脈々と受け継がれています。

この祓いの儀式が日本の宮中で正式な行事として定められたのは、なんと701年の大宝律令によってです。しかし、応仁の乱以降は一時途絶えてしまいます。その後、宮中では元禄年間に復活し、明治時代に入ってから、かつての儀式を再興する動きとともに、全国の神社へと広まっていったと伝えられています。現代に続く夏越の祓は、このように長い歴史の中で幾度も形を変えながらも、日本人の心の拠り所として大切にされてきたのです。


日本神話に由来する厄除けの儀式:茅の輪くぐり

夏越の祓において、厄落としの最も代表的な方法として行われるのが茅の輪くぐり(ちのわくぐり)です。茅の輪とは、茅(ちがや)という草を編んで作られた大きな輪のこと。神社の境内には直径数メートルにもなるこの茅の輪が設置され、人々はその輪をくぐることで、心身の穢れや厄災を祓い清めるとされています。

茅の輪をくぐる際には、「水無月(みなづき)の夏越(なごし)の祓(はらえ)する人は、千歳(ちとせ)の命延(いのちの)ぶというなり」という古歌を唱えながら、数字の「8」の字を書くように3度くぐり抜けるのが一般的です。この行為によって、病気や災いを免れ、長寿を授かることができると信じられています。

この茅の輪くぐりには、日本神話に登場するある物語が深く関わっています。昔、旅の途中にあった須佐之男命(スサノオノミコト)が、一夜の宿を求めてとある兄弟の元を訪れました。裕福な兄は旅人を冷たく断りましたが、貧しいながらも心の優しい弟の蘇民将来(そみんしょうらい)は、須佐之男命を温かくもてなしました。数年後、須佐之男命は蘇民将来への恩返しとして再び彼を訪れ、ある教えを授けます。それは、疫病が流行した際に、茅の輪を腰に付けていれば疫病から逃れられ、子々孫々まで繁栄するというものでした。この故事に基づいて、現在でも家の玄関に「蘇民将来札」というお札を貼り、厄除けとする風習が残っている地域もあります。茅の輪くぐりは、この神話に根ざした、人々の健康と繁栄を願う大切な儀式なのです。


形代(かたしろ)に穢れを移し、心身を清める「人形(ひとがた)流し」

夏越の祓で行われるもう一つの重要な厄除けの方法が、人形(ひとがた)を使った儀式です。人形とは、人の形を模して作られた紙の形代(かたしろ)のこと。これに自分の名前や年齢を書き入れ、さらに自分の体調が優れない箇所などを撫でることで、自身にまとわりつく穢れや厄災を人形に移します。

穢れを移した人形は、身代わりとして神社に奉納されます。その後、多くの神社では、人形を川に流したり、篝火(かがりび)で燃やしたりするなど、水や火の力を使って清め、厄を落とす神事が行われます。これは、水や火が持つ浄化の力によって、人形に移された穢れを完全に祓い清めるという考えに基づいています。地域によっては、紙だけでなく藁などで人形を作る場合や、人が直接、川や海に入って身を清める「禊(みそぎ)」を行う地方もあります。形代に穢れを移すこの習慣は、目に見えない罪や穢れを具象化し、それを手放すことで心の平安を得ようとする、日本古来の信仰の形と言えるでしょう。


夏越の祓を彩る伝統菓子「水無月」と新たな行事食「夏越ごはん」

夏越の祓には、特に決められた行事食があるわけではありませんが、京都では長年にわたり水無月(みなづき)という伝統的な和菓子を食べる習慣があります。水無月は、透き通るような白いういろう生地の上に小豆が乗せられた三角形のお菓子で、それぞれに深い意味が込められています。

水無月の上部に散らされた小豆は、古くから「悪魔払い」や「魔除け」の力があると信じられてきました。また、三角形の形は、室町時代に宮中で行われていた「氷の節句」に由来すると言われています。これは、冬の間に山間の氷室(ひむろ)に貯蔵しておいた氷を取り寄せ、それを口にすることで夏を健康に過ごせるよう祈る行事でした。しかし、当時、庶民にとって氷を手に入れることは非常に困難でした。そこで、氷をイメージした三角形のういろうに、邪気を払うとされる小豆を乗せた「水無月」が考案されたのです。冷房も冷蔵庫もない時代、蒸し暑くなる6月から7月にかけては疫病が流行しやすい時期でした。甘く食べやすい水無月は、涼をとりながら厄祓いをするという、当時の人々の知恵と願いが込められたお菓子だったのですね。水無月は現在でも、夏越の祓の時期に親しまれる和菓子として、京都の和菓子店に並びます。

一方で、水無月の習慣が浸透しなかった関東地方では、近年、東京を中心に「夏越ごはん(なごしごはん)」という新たな行事食が注目を集めています。夏越ごはんとは、雑穀ごはんの上に、旬の野菜(特に緑や赤といった彩り豊かな野菜)を使ったかき揚げを乗せ、大根おろしなどを加えたおろしだれをかけた丼物のことです。このかき揚げは、「茅の輪」をイメージした丸い形に作られることが多いのが特徴です。もちろん、かき揚げでなくても、丸い形の食材を使えば良いとされています。

この「夏越ごはん」は、米穀安定供給確保支援機構が、米の消費拡大を目的として「夏越の祓」の行事食として提案し、推進しているものです。伝統的な行事に新しい食のスタイルを取り入れることで、より多くの人に日本の文化に触れてもらい、楽しんでもらおうという試みと言えるでしょう。


一年の半分を終え、疲れも出やすいこの季節。今年の夏越の祓では、日本の長い歴史と文化を感じながら、心身を清める時間を設けてみてはいかがでしょうか。厄除けの茅の輪くぐりに参加したり、厄払いの人形流しで穢れを清めたり。そして、夕食には新たな行事食である夏越ごはんを味わい、デザートに京都の伝統菓子水無月を楽しんでみるのも良いかもしれません。心身をリフレッシュし、来る後半の半年間を健康で、穏やかに過ごすためにも、この機会に日本の美しい伝統に触れてみませんか?

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