人は見てはいけないというタブーを破ってきた『蛇女房』

公開日: : 最終更新日:2023/06/09 昔話

日本の昔話には、「見てはいけない」というタブーが結構たくさんあります。
夫がタブーを冒したために正体が露見、これはよくあるモティーフです。
結末はかならず別離で終わり、聞く者の心に哀しみを残す日本の異類婚姻譚、なかでも「蛇女房」は、蛇の母親が赤ん坊を想う気持ちがとても切ないお話です。

では、蛇女房のあらすじを見ていきましょう。

蛇女房のあらすじ

むかし、あるところに貧しい木こりの男がおりました。
あるとき男が山へ入ると、どこからか女のうめき声が聞こえてきた。

声のする方に近づいてみると、きれいな娘さんが、黒くて長い髪の毛を木にグルグル巻きつけて身動き出来ないでいました。
男が、「どうしてこんな目にあったんだ?」と言いながら、木に巻きついた髪の毛をほどいてやると、娘はやっとのことで目を開け、涙を流しました。

男は、娘さんを背負って家へ連れ帰り、体をあたためてやったり、お粥を食べさせたりしました。
毎日看病しているうちに、気持ちが通じ合って、男と娘さんは夫婦になりました。

やがて二人には赤ん坊ができました。
赤ん坊が産まれるときに、女房が、「決してこの部屋を覗かないで下さい」と言いました。

男は言われたとおりにしていましたが、二日経っても、三日経っても娘さんが部屋から出てきません。
心配になった男は、そっと少しだけ障子を開けて部屋の中を覗いてみました。
すると、部屋のなかに大きな蛇がいて、赤ん坊を抱くようにトグロを巻いていました。
男はびっくりして腰を抜かしてしまいました。

七日目になって、女房は男の赤ん坊を抱いて部屋から出て来ました。
そして、「あれほど中を見ないでとお願いしたのに。」

私は女人禁制の山に入って、山の神の怒りに触れ蛇にされてしまいました。
山の神にお願いをして一度だけ娘の姿に戻してもらったのです。

お前さまが部屋を覗かなければ、私はそのまま人間でいることが許されるはずでした。
でも、それももう叶わなくなりました。私はすぐに山の沼へ帰らなくてはなりません。」
と涙を流しながら言いました。

そして「どうぞこの子を大事に育てて下さい。この子が泣くときには、これを舐めさせて下さい。」
と言って、自分の左の目をくり抜いて男に渡しました。
女房は段々と蛇の姿に変っていって、名残り惜しそうに山の中へ姿を消していきました。

それから赤ン坊は、母の目玉をしゃぶってスクスク育ちました。
しかし、その目玉も月日がたつにつれて小さくなり、とうとうしゃぶりつくしてしまいました。

目玉がなくなると赤ン坊は何を与えても泣き止みません。
困った男は赤ん坊を背負って、山の沼へ女房を探しに行きました。

山の大きな沼に着いて、「おっ母ぁ、どこだぁ」と呼びました。
すると、沼の水が渦巻いて、片目の大きな蛇が現われました。

男が、「お前にもらった目玉を舐めつくしてしまった。どうしたらいいだろう?」と言うと、大きな蛇は、「それではもう片方の目をあげましょう。これで私は朝も晩もわからなくなります。
なので、この沼の近くに鐘を吊して、朝夕の時刻を知らせて下さい。」
と言って、残っていた右の目をくり抜いて赤ん坊に握らせました。
そして、「元気に育ちなさいよ」と言って、沼の中へ沈んで行きました。

男は言われたとおり、沼の近くに鐘を吊るし、朝夕にその鐘をついて、沼の蛇に時刻を報しせたました。赤ん坊は、再び母の目玉をしゃぶって大きくなりました。そして十歳になった頃、男は子供に、「お前のお母さんは山の沼の主になっている。」と教えてやりました。

子供は母親に会いたくてたまらなくなり、ある日、一人で山の沼を訪ねました。
「おっ母ぁ、おっ母ぁ」と子供が呼ぶと、沼の水が渦巻いて、目の無い大っきな蛇が現われました。
子供は始めは恐がっていたものの、「おっ母ぁ」と言って蛇に走り寄り、首にしがみついて泣き出しました。
そのとき、子供の涙が蛇の目に落ちました。

すると、たちまち蛇は人間の姿に変わっていきました。
人間の姿になった女房は、「よく、こんなさびしい山の中まで来てくれたね。
よく、蛇の姿をした私を抱いてくれたね。お前のおかげで山の神の怒りが解けて、やっと人間の姿に戻ることが出来ました。」そう言うて、子供をしっかり抱きしめました。

それから、親子は三人仲むつまじく暮らしました。

蛇女房のルーツ

このお話は、青森から沖縄にかけて伝 承が認められ、蛇がもう片方の目の玉を与えたあとの展開に違いがあります。

東北から九州にかけて本土では、鐘の由来を語 るものとなっており、そのほとんどは 「三井の晩鐘」の呼称を持ち、滋賀県の 三井寺にまつわる伝承ですが、ほかに道成寺(愛知)、宝勝寺(和歌山)の名もあります。

九州を中心とする西日本で は、蛇女房は夫と子どもを避難させて洪 水や山崩れを起こし、玉を奪った者に復讐するという話となっています。後者は寛政四年の島原大地震にまつわるものとされることが多いのです。日本において蛇は、水の神として位置づけられており、この話はその信仰と結びついて伝説的な性格が強く現われているんですね。

蛇女房が伝えようとしていること

異類女房譚には、「見るなの禁」を語るものが多くあり、この話もそれに漏れず「産屋を見るな」という記紀の豊玉毘売神話と同様の、タブーの侵犯によって離別が訪れます。このモチーフは 「鈴鹿の草子」や「壱岐国続風土記」百二十「蛇嫁」にも見られます。

決して見てはいけないと言われると、人はつい見てしまいたくなるものです。
この欲望に打ち勝てる人は少ないでしょうね。

欲望に負けず、禁を犯さなかったら一体どんな結果が待っていたのか?蛇女房と男はそのまま幸せな家庭を築けたのか?
昔話は別の展開を想像するのも楽しいものですね。

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