偉人の先見性⑤ 鈴木貫太郎 

公開日: : 最終更新日:2017/07/31 偉人伝 ものの見方

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第二次大戦を終戦に導いた 鈴木貫太郎元総理

鈴木貫太郎(1868-1948) 海軍軍人から政治家になり2.26事件に遭って一命を取り留め

枢密院議長も歴任した後に、総理大臣になる、第二次大戦を終結に結びつけた総理として知れれる。

アメリカと戦って勝てるわけがない。どこで終戦させるかが大事だ

先見性という所でいうとリーダーとして、物事の先を見る目であるが、大所、高所から見ることが

必要であり、鈴木貫太郎のように、国を背負っての決断ということは尚大変だったことと思う。

しかし、最後には自分は捨て身になる!と命懸けで終戦への道筋をつくっていった。

終戦時に総理大臣になった鈴木貫太郎であったが、当初からどうすればこの戦争を終わらせることができるか?

そしてどのような幕引きをしてけばいいか?時期も方法が大事に成ってくる。

国中が総力が挙げて戦争をしている最中でしかもメディアも戦争をあおっている始末で

戦争の事実関係は国民にはあまり知らされていない。弱気な姿勢を総理として示せば士気にも係わる。

実際には鈴木貫太郎は終戦への道筋を探しつつ、表立っては和戦両方の構えで進めていた。

最も鈴木貫太郎は政治家ではなく、軍人であり海軍に属しており

昭和になり、軍人としての任務を終えて、侍従長の任についていた。

2.26事件の凶弾に会う

この侍従長のときに、2,26事件の凶弾にあった。そもそも2.26事件はロンドンでの海軍軍縮会議

での海軍の対応へ業をにやした青年将校が立ち上がり、岡田総理、斉藤内大臣などが凶弾に倒れるという

クーデーター的な出来事であったが、鈴木貫太郎も青年将校に狙われ、凶弾に見舞われたが

一命をとりとめることが出来た。これは運が良かったというほかないと後に語っている。

o-226-facebook青年将校たちの進軍の様子

後述したように、この2.26事件によって鈴木貫太郎は一命を取り留めるが

それが後に、どうせ一度死んだ身だから捨て身でことに当ることができた。

終戦直前の昭和20年、鈴木貫太郎に総理になり、そして組閣の命が上がってくる。

一度は「自分は軍人であって政治家ではない」と固辞するものの

天皇や重臣の説得によって総理大臣となることを決めた。

このときに、鈴木は自分はどの様な役割をすべきか考えたという。

でた結論が「天皇陛下お心を察したまつりごとを行っていく」というものだった。

天皇陛下はどの様なお気持ちなのか、お考えなのか、侍従長として長年側近として

いた鈴木貫太郎は天皇陛下のお心が終戦を早くしなければ国民が大変なことになると、

終戦を望んでいたことと察すると、終戦への道筋をつくるように奔走し始める。

実は、軍人時代からアメリカとの戦争は反対でありアメリカと戦って

勝てるわけがないと思っていたし、戦争がはじまる前の大正7年にはアメリカサンフランシスコ

で行った講演でも日本とアメリカは戦争すべきではないと語っている。

天皇陛下の気持ちを察し、終戦への道筋を作るにしても、事はカンタンではない。

そもそもメディアによって国民は真実を知らないし、(メディアでは連戦連勝だというような

日本が勝ち続けている印象の報道を多くしていた)まして軍部ではまだまだ戦争を行って

海外の戦線が崩れても本土決戦となればまだまだ勝てるという考えもありしかもそのような

意見が圧倒的に強かった。

最初は鈴木も、「国民よ!わが屍を超えていけ!」などと陸軍と歩調を合わせるような

言動をしていたりしたが、これは全くのポーズであった。

陸軍の支持もとらないと政治自体が動かないと知っていた為であった。また海軍にいたことも

あり、陸軍と海軍の仲の悪さ、さらに見解の違いも良く分かっていた。

鈴木としては時を見て、それまではどちらからも支持されるような言動をして

行くほかなかった。

鈴木貫太郎が組閣に当ってはまさに、鈴木の意図が反映されたような組閣になった。

戦争推進派の陸軍の阿南大臣と和平派の海軍の米内大臣を起用するというような

ことを行っている。

終戦へのきっかけは8月6日の原爆投下それから突然のソ連の参戦などあり

もはやポツダム宣言を受け入れるほかはない、と御前会議にかける。

この御前会議(天皇陛下を前にした会議)で参加者は天皇陛下を除いて6名であったが

戦争推進派が3名和平派が3名と全く話し合いが平行線になってしまった。

最後に、このような段であれば天皇陛下の御聖断を仰ぐほかなくと、鈴木が天皇陛下へ

聴くと、終戦に賛成だということとなり、日本はポツダム宣言を受け入れることになる。

実際には、戦争途中からもはやこの戦争に勝ち目がないということは

上層部はうすうすわかっていたかもしれないが、それを表に出すことは出来ない雰囲気も

あったことだろう。

終戦へ導くというのは単なる降伏だけになるわけではない。

その後の終戦交渉も非常に大事になる。それを分かりながら

日本としては国としての戦いで敗北を受け入れ、厳しい再建への道かもしれないが

国民はきっとわかってくれると信じ、捨て身で終戦への道筋を作ったのである。

ちょうど幕府の終戦で勝海舟が行った終戦処理と近く感じるが、

事の大きさは、はるかに鈴木貫太郎の方が大きかったと思う。

どちらも、先が見ていたからこそできた決断であったといえる。

 

 

 

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石川博信

石川博信

2009年ジーレックスジャパン株式会社創業。 日本の文化や歴史好き。小学校時代は通信簿で「オール1」をとったものの、家族や仲間、そして本の力で何とか社会人まで登り詰める。住宅メーカー(東証一部上場企業)出身で工務店支援事業を皮切りに、電子書籍事業などメディア事業も手掛けている。
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