五代友厚は明治維新の先を観ていた

公開日: : 最終更新日:2020/11/14 未分類

shoin_godai_tomoatsu

五代友厚は明治維新の先を観ていた

皆さんこんにちは。
今日は幕末期から明治時代にかけて、活躍した
五代友厚のことを書きたいと思います。
彼は、薩摩藩出身、今の鹿児島県ですね。
そこで、育って、幕末ということもあり、非常に混乱の中を書き抜けて、

明治時代になって、新政府に使えその後に、実業家として、活躍していきました。
年少の頃、彼は、ペルーが、裏側に来て、天下が騒然となったんですね。
これを見て男子が、志を立てるのは、「まさしく今、このときだということ」

自分なりに状況分析した結果、結局、日本は開国して、行くしかないのではないか。
という考えに至ったそうなんですね。
長崎の海軍伝習所、ここに行って、オランダ人から、航海術を学んでいったんですね。
当然開国ということを考えたわけですから、海外に行きたい。
しかし、なかなか薩摩藩から、許しは出なかった。

しかし、彼はここで諦めないでどうしても、海外に行って見に行きたいということで、幕府の船に乗って、

上海にしかも、水夫して、行くことになったんですね。
このときに、まず藩のために、汽船の購入の契約をして、

また上海では長州の高杉晋作に会うなど後の薩長同盟にも
大きく関わってくることになっています。
その後、生ぶ麦事件があり、薩英戦争が起きるんです。
彼はそのときにイギリス海軍に取られて、捕虜になってしまうんですね。
しかし、何とか仲間によって解放されて、薩摩に戻ろうと考えたんですが、

こういった活動というのがですね、あまり評価されてなく、しばらくは薩摩に帰れなかったそうなんです。
やがて帰国を許されて帰っていったわけなんですが、

またそのうちですね、どんどん幕末の情勢が変わっていって、薩長同盟進んでいった。
そして、今度は薩摩藩から堂々とですね、イギリスの使節団として、行くことになったんです。
このときは寺島宗則、森有礼、こういったメンバーとイギリス、またベルギーに行ったりしてですね、

貿易の原点である商社を作ったり、していったわけなんですね。
日本に戻ってきて、こういった見識とか、時代も必要としていたんでしょう。
薩摩藩に言っては対外的な商売というか、大蔵省みたいなものですよね。

それを任されるようになった。
そして、どんどんどんどん手腕を発揮するようになりました例えば

長崎にグラバーという商人がいたんですね。
彼の会社と薩摩藩とで合同して、簡単な港みたいのを作ってですね、

そこで船をメンテナンスしたり、寄稿したりできるような場所をを作ってたわけなんです。
やがて、戊辰戦争が起きて、幕府と、薩長中心の官軍の戦いになるわけなんですけど、

もうそれこそですね、意気込んでいたわけですから、西郷さんや大久保利通と一緒に倒幕に変わっていくことになりました。
そして、明治政府ができるわけなんですけども、

外国の知見とかもあるということで、主に外国のとの交渉をする
事務方になったり、あと大阪の方で、司法方の判事になったり、

だんだん大阪の方でですね、活動するようになっていきます。
面白いのは、明治政府1868年にできるわけなんですけども、

年間しか実際は活動してないですよね。
その後にですね、やっぱり日本人、

これから日本には英語っていうのがやっぱり必要だろうということで、

英和辞典を作ったり、また外国との貿易の際、当然決済が出てきます。

金貨であったり銀貨であったりしてたわけなんですけども、その中でチキンと金銀の純正率、

いわゆる分析書っていうものを作ってですね、貨幣のその価値っていうのを思う高めて、行くように知ったわけなんです。
2年間しか明治政府にはいなかったんですけども、その後、銅山、銀山それから塩や藍染、

こういったものなどを作り、どんどん実業家として手腕を発揮するようになって、行ったんです。
大阪証券取引所、今の大阪市立大学のを全身になってる大阪商業講習所っていうものを作ったり、

南海鉄道の前身を作ったりいろいろ大滝に渡ってですね、事業を進めていったということなんですね。
五代という男当初はですね、やはり幕末、維新ということもあって、

僕にはどうあるべきかというところを考えていったんですが、その途中でいろんな人との出会いがありました。
これはもちろん薩摩だけではなくて、長州の高杉、それから長崎においては幕府の勝海舟もちろん、

いろんな外国商人との付き合い、こういったものになってですね、新しい政府を作る。
同時に日本は、やはり経済力もつけ、それがあって、初めて富国強兵になるということでですね、

実際に政府にかかった時間は短かったわけなんですけども、

その後、自ら実業の道をどんどん切り開いて、

そして、今の大阪の発展に大きく寄与したというふうに言われてる人物です。
幕末維新期っていうのは本当にいろんな人が出てきた時代ですよね。
三菱の基礎を作った岩崎弥太郎、彼も大志は持っていたわけなんですけども、

新しい時代、幕府から明治新政府へそこになって終わりということではなくて、

新政府になって、何が必要なのかということを考えながら動いていた。

そういった意味で言うと、非常に先見性もあって、実務にも非常に長けていた、
人物ではないかなというふうに思います。
どうしても幕末維新期というと、いろんな軍事的に活躍した人とか、

もちろん西郷さんや、坂本龍馬とか、いろんなタイプの人がいるわけなんですけども、

また違う形でしっかりと地に足をつけて、

日本の発展を具体的に行動してた五代友厚。

これからの社会でも、見習う点が多くあるんではないかなと思います。
皆さんは、いかが思いますか。

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石川博信

石川博信

2009年ジーレックスジャパン株式会社創業。 日本の文化や歴史好き。小学校時代は通信簿で「オール1」をとったものの、家族や仲間、そして本の力で何とか社会人まで登り詰める。住宅メーカー(東証一部上場企業)出身で工務店支援事業を皮切りに、電子書籍事業などメディア事業も手掛けている。
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