東京へオリンピックを呼んだ男 和田勇 フレッド和田と武士の娘を書い杉本鉞子

公開日: : 最終更新日:2018/03/07 偉人伝 ものの見方

 

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ドラマにもなった、東京へオリンピックを呼んだ男

和田勇 フレッドワダイサム

日系二世でありながらいつも心に何か日本のためにできることはないか?

とさがしていたという。

1964年に開催された東京オリンピック。
​太平洋戦争の敗戦によって、国の威信と誇りを失っていた日本。

新幹線、カラーテレビ、高速道路の整備など、様々な開発が進み、急速な経済成長を遂げ、

日本が戦後、国際社会の中心へ復帰を果たそうとしていた頃。

国が総力を挙げて取り組んだ東京オリンピックは、まさに日本が誇りを取り戻すきっかけとなった。
この東京オリンピック開催は、ある人物の存在なくしてはありえなかっただろうといわれている。

その人物こそが、「フレッド・和田・勇」

“日本が好きで好きでならんのです”

東京オリンピックを実現させた日系アメリカ人
フレッド・和田・勇

敗戦の色が残る日本だったが、日本水泳連盟が国際水泳連盟に復帰加盟し、

1949年全米水泳大会への日本人選手の出場が実現。

「全米水泳選手権出場のため、渡米してくる日本人選手の世話をしてくれる日系人を探している」

という記事を目にした際、自ら申し出て自宅を提供して日本人選手を支えた。

敗戦国である日本への風当たりが強い中、和田の支えもあり、日本水泳チームは、

世界記録を次々と打ち破り、9種目で世界新記録を樹立して日本中に明るいニュースをもたらすことになった。

その後の昭和33年(1958年)、日本水泳連盟会長から、

1964年に東京でオリンピックを開催したいという話を聞かされた和田は、

東京オリンピック準備招致委員会委員に選ばれ、妻・正子と二人きりで中南米10ヵ国を行脚し、

東京支持票を取りまとめ、東京にオリンピックを招く原動力となり、

終戦後外貨に乏しい日本スポーツ界のため、中南米訪問にかかった費用はすべて自腹で賄い、

一切の見返りを要求することなく、無償の「祖国愛」を発揮。

見事、東京でのオリンピック開催を実現させた。

前回の東京オリンピックの立役者ですね。

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フレッドワダイサム 和田勇 日系二世

1907-2001

 

 

 

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日本とアメリカの架け橋となった武士の娘
​杉本鉞子  日本人初海外ベストセラー作家となった

アメリカと日本がふたたび友人同士

になる日が来るように祈ってます。

異国での慣れない結婚生活が、次第に落ち着いてくると、
鉞子は文化の差異に対する興味が増していく。
お金に対する考え、 美の感じ方、雇用者と召使の関係、男女の関係などなど。

この頃に出会ったのが名家の未亡人、フローレンス・ウィルソンだった。
彼女は杉本夫妻と共に暮らし、一家の生涯の良き理解者であり、庇護者となる。
鉞子が「母上」と呼んで慕ったこの女性との出会いが、鉞子の人生で最も幸運な出来事であった。

そんなアメリカでの生活の中で、鉞子は長女、次女を出産。
幸せな暮らしが続くと思われた矢先、夫松雄の事業が失敗し、
アメリカを離れ日本へ帰国することとなる。その後松雄は病に倒れ
帰らぬ人とななった。鉞子は、長女が十五歳になるまで日本に留まった後再び渡米し、
生活のために新聞・雑誌に投稿を続けたものが、作家のクリストファー・モーレーの目に留まり、
日本の生活を紹介した『武士の娘』を、雑誌『アジア』で連載スタートさせた。

その後は、コロンビア大学の教壇で日本語と日本史を、
日本人女性としてはじめて教え、戦争をはさんで、
『武士の娘』以降3冊の本を書いた鉞子は、その生涯を閉じるまで日米の架け橋となった。

 

アメリカでは有名人、日本では無名のベストセラー作家杉本鉞子の生涯は、
ますます国際化する日本を生きるヒントを与えてくれるのではないだろうか。

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杉本鉞子コロンビア大学で日本人初の講師にもなった。

日本には多くの偉人がいますが、海外で活躍された日本人も多くいます。

現地では高名な方でも国内ではあまり知られていない。

今回の企画

「我は日本人なり」は

海外でも日本人であることを誇りに持ち偉業を成された方

フレッドワダイサムと杉本鉞子を紹介しました。

お二人のことを書いた本です、ご興味御座いましたらご一読ください。

「我は日本人なり」

 

 

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石川博信

石川博信

2009年ジーレックスジャパン株式会社創業。 日本の文化や歴史好き。小学校時代は通信簿で「オール1」をとったものの、家族や仲間、そして本の力で何とか社会人まで登り詰める。住宅メーカー(東証一部上場企業)出身で工務店支援事業を皮切りに、電子書籍事業などメディア事業も手掛けている。
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